称名寺
称名寺は、金沢山称名寺と号し、真言律宗の別格本山として西大寺末寺の律院で、本尊には木造弥勒菩薩立像が安置されています。本寺は金沢北条氏一門の菩提寺で草創の時期は明らかにしていませんが、1258年、金沢氏の祖と称されている北条実時(1224-1276) が六浦荘金沢居館内に営んだ持仏堂から発したと推定されています。その後、称名寺の基礎が定まるとともに伽藍の整備が着手され、北条実時の子、顕時の時代には、弥勒堂、護摩堂、三重塔などが建立され、さらに貞顕の代には、伽藍の再造営を行い、元亨3年(1323)には苑池を中心として弥勒来迎板絵に荘厳された金堂をはじめ、講堂、仁王門など七堂伽藍を備えた壮麗な浄土曼荼羅に基づく伽藍を完成させた。しかし、元弘3年(1333)北条氏の滅亡により、鎌倉幕府の崩壊を契機として、伽藍の維持が困難となり、江戸時代に入ると、創建当時の堂塔の姿を失いました。大正11年、中心区域が国指定を受け、昭和47年境内背後の丘陵を含めた範囲が、そして、昭和62年には庭園苑池の保存整備が行われました。 |
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